このページでは,『国宝松江城マラソン2024』の参加記録をご紹介します.
『出走記② -徒然編 前編』の続きです.このページでは,走りながら感じたことや気になったことなどタイムとは少し異なる面から,後半ハーフ以降を振り返りたいと思います.
国宝松江城マラソン2024 出走記一覧
- 出走記① -タイム編
レースの公式記録とラップタイムなど.レースをどのように進めたかを数字の面から振り返ります.
- 出走記② -徒然編 前編
レースを時系列を追って振り返ります.メインはレース中の感情の動きやレース/コースの状況をマツロウの主観で振り返ります.
- 出走記③ -徒然編 後編
徒然編の後編.内容は徒然編前半に準じます.
後半ハーフ~FINISH後の記憶
- ~25km
さていよいよコースは中間点を迎え,大根島を離れてお隣の江島に向かいます.この江島と対岸の境港市の間は自動車のCMで有名になった”ベタ踏み坂”(正式名称:江島大橋)があります.この江島大橋の下は中海に面する米子港や松江港への重要航路であり,5000t級の船舶が航行できるように44.7mもの高さがあります.実のところその勾配は最大でも6.1%で軽自動車でもベタ踏みの必要がないのは秘密です.がっかり観光スポットなる不名誉な扱いをされることも…
さて,ベタ踏み坂を右手に眺めながら江島をすぎると25km地点です.ここまで補給を繰り返しながら来て,(道中,ほぼ何かしら食べていました.)順調に思えましたが,この江島あたりから足の疲労が見え隠れするようになりました.ふくらはぎの皮膚がヒリヒリというかピリピリというか突っ張ったような感触を覚えるようになりました.フラットで脚に優しいコースに思えますが風が強く,思っていたより脚を使ってしまったかもしれません.あと,思い当たるのは上り坂での追い抜きをしたこと.少し不安を感じる25km地点でした.- ~30km
27km地点付近にある第6エイド付近からは,急速に足の疲労が感じられるようになりました.足の裏は痛みだし,ふくらはぎも張ってきました.エイドで補給を受けながら屈伸やマッサージをしますが,それほど効果はないようでした.
エイドでしじみ汁を始めとした松江の特産品やパンなどの補給食をいただき,その場では気分もリフレッシュできるのですが,1kmもいかないうちに心身ともにまた疲れてきてしまします.中海の沿岸は景色はいいのですが道が単調なのと,向かい風基調になることもあって気が付かない間に体も心も少しずつ削られてしまいます.
さて,このあたりからいよいよ残距離と時間とのにらめっこが始まります.精神的にはキツさが上回りつつあり,ひとまずペースを落とさずに食らいつくのがようやくです.それでも,江島付近では多くの方に声援をいただき,なんとか笑顔を保つことが出来ました.(感謝)- ~35km
35km付近では,弁慶と牛若丸で有名な弁慶の出生地とされる本庄地区を走ります.このあたりから本格的に足が重くなり,それにつられて息も上がってきます.精神的にもかなり追い込まれてきました.歩きたい気持ちが上回ります.苦しい呼吸の中で時間を確認しますが,サブ4に向けていよいよギリギリのタイミングになっています.
とはいえ,ここでペースをあげられるほど練習をしてきていないのも事実.選択肢はペースを維持するか,落とすかの二択です.ペースを落とす方に流れそうになるのをこらえて,ギリギリの精神状態でペースを維持します.
このタイミングで,持っていたアミノ酸ゼリーとカフェインゼリーの残りのパウチを立て続けに摂取します.3本ぐらい一気に行ったかな?あとは何らかの奇跡が起きて体が軽くなり,ペースアップできる瞬間が来るのを祈ります.ただし,この先には公式サイトでも注意喚起がされているアップダウンが待ち受けています..もう気分的には諦めが半分以上を占めるようになります.それでもなんとかペースを維持.我慢.我慢.- ~40km
いよいよ,アップダウン区間へ突入します.国宝松江城マラソンのコース上,大きなアップダウンは3ヶ所ですが,そのうちの2つが終盤の40km以降に現れます.普段のランで走る分にはそこまできついアップダウンでもないのですが,40km走ったあとの体と心には堪える….
1ヶ月前の30km走でも同じ場所を走りましたが,その際は20km地点でした.その時に比べて圧倒的に足が重い,そしてふくらはぎと足裏が痛い.
マツロウは上りに入ると早くクリアしたい気持ちが勝ってペースアップするほどですが,このときは自分でもわかるぐらいペースダウン.それではいけないと思い少しペースアップするも,すぐにダウン.
そんなことを何度も繰り返すことで.さらに足の疲労が顕著になる.本当にタイムは諦めようと何回も思いました.でも,周囲の人も同じようにギリギリで走っているし,何よりも沿道の応援がペースダウンを許してくれない(笑).
このアップダウンの区間で熱い応援を本当にたくさんいただきました.”まだサブ4行けるよ”とか,”諦めないで!”とか聞くたびに,ギリギリまで頑張ろうと言う気持ちになれました.涙が出そうになるほど.
マラソン大会の醍醐味はこういうところなのかなと感動を覚えました.大人になると素直に応援してもらえることって少なくなりますからね.
いよいよ40km地点が近づいてきてサブ4が行けるかいけないか微妙なライン.サブ4のためには残りの4km程を5’00″以下のペースで走りきる必要があります.普段の10km走でもきついペースなのに,40km近くを走ったあとでは到底無理そうなペースです.
でも,やらずに後悔するのはこれまでの3時間45分を無駄にするようなものと奮起.幸い最大のアップダウンはクリアしており,あとは少しの登りのあとフィニッシュラインまでは下り基調.これにかけるしかない.駄目なら駄目だったときのこと.- ~FINISH
ペースアップしてからは本当に何も考える事ができずに,ひたすらギリギリの呼吸でギリギリの脚で走っていると言う感じでした.規制されていない道だったら信号も確認できずに事故になりそうなほど,追い込まれた状態です.完全に酸素が足りてない.沿道の応援もかなり遠くでしか聞こえない.
とにかく,フィニッシュラインまでペースを保てるかどうかしか考えられない.そして,ひたすら長く感じる.この区間では多くのランナーを追い抜いて走りますが,他のランナーの様子を伺う余裕もまったくなかった.
最終盤は朝酌川沿いの住宅街を抜け学園通りへと出ますが,こんなに長かったかと思うぐらい長い.学園通りへ出てからも本当に長い.呼吸がこれ以上は続かないギリギリ感のなか,それでもなんとかサブ4に間に合わせたい気持ちだけで走ります.
そして交差点を右折してフィニッシュラインがある松江市総合体育館の前の通りへ.なんとなくグロスの4時間は経過したような雰囲気が漂っていてもの悲しげな雰囲気.それでも自分の目標タイムはネットタイムだから関係ないと言い聞かせて,走る.
総合体育館の敷地に入るとフィニッシュラインが見えてくる.タイム表示やどこに何があるかとか,誰がいるかとか全然見えてない.とにかくフィニッシュラインを過ぎさえすれば,走るのをやめていい,そして呼吸ができるとしか考えられない.
なんとか走る.泣いても笑ってもあと50mという気持ちも少し湧いたが,それよりも早く呼吸がしたい思いが勝つ.前のランナーに続いてフィニッシュラインを超える.スピードを緩める.立ち止まる.もう一歩も足が出ない,眼の前の視界が狭まり少し暗くなる.なんとか立っている.- FINISH後
おぼつかない手つきでランニングアプリNRCの計測機能を止める.NRCがなにか言っているが,何を言っているか聞こえない.フィニッシャータオルを肩にかけてもらい,計測チップを回収してもらおうとするが,脚が痙攣寸前で屈めない.見かねてスタッフが外してくれる.(感謝)
先に進めばメダルの受取と完走証の発行ブースだが,今はそれどころではない.近くの芝生へ倒れ込む.とにかく呼吸を整えて楽な姿勢を取ろうとするが,楽な姿勢が一つもない.どの体勢をとっても脚が痙攣しそうで,これまで感じたことのない痛みが押し寄せてくる.
今まで気が付かなかったが,脚だけではなく全身が極度の疲労状態にある.このままでは救護所に駆け込まなければならないかと思うほどに脚が言うことを聞かない.実際にはこれ以上一歩も走れないから,駆け込むことなんて出来ないけど.
とにかく芝生でのたうち回る.周りの視線など気にする余裕はない.家族に無事に完走したことを簡単に報告し,15分ほど苦痛に耐えていると,なんとか歩ける程度になってきた.この時間のフィニッシャーは皆同じような状態で,それぞれに苦しかったり痛いところがあるらしく,そこかしこに苦悶の表情が.(苦笑)
よたよたと亡霊のように歩きながら,メダルやらを受け取る.この状態で完走証を受け取るのは無理だと思い,まずは着替えのために体育館内へ.30分ぐらいかけて着替えと軽いストレッチをしたのちに,痛む脚をこらえながら完走証を受け取りにむかいます.
ここまでフィニッシュラインの時計を含めて公式の時間経過は一切確認できておらず,サブ4を達成できたのかどうかよくわかっていない.はたして,完走証の記録は3:59:29.ネットタイムではあるが,ギリギリでサブ4を達成.達成感と言うか安心感と言うか,なんとも言えない気持ちになる.最後まで諦めないで良かった.
何回諦めそうになったことか.その後はフィニッシュエリアを少しぶらついて,ランナーは無料のしじみ汁に売り切れ一歩手前でありつくことが出できました.酷使した内臓に染み渡る一杯でした.美味しかったです.ごちそうさまでした.
そして,朝来た道を松江駅まで歩いて戻る.同様のランナーとおぼしき人達とうすーい連帯感を共有しながら,痛む脚を引きずりながら歩く.これもマラソン.そんな思いがじんわりと湧きました.
その後は自宅に帰り,家族にねぎらってもらいご満悦(笑).ただし,自宅の階段を上り下りも苦労するほどに脚は痛む.結局,足の痛みが完全に取れるのに一週間近くはかかってしまいました.
レースを終えて
まあとにかく,最後の10km程はしんどい.異次元に苦しい.
でも,人生初のマラソン大会でサブ4は頑張ったと言えると自負しています.アラフォーになるまでまともに運動に取り組むことなんてなかったし,どちらかと言えば運動音痴なマツロウでもサブ4は達成することが出来た.それはやっぱり最低限の走り込みはしたからかなと思います.それについては評価すべきだと思いました.
一方で,自分の甘さを感じたことも確か.最後の10kmは本当に苦しかった.これはどこかでフルマラソンを舐めていたツケだったと.もうこんな苦しいランはゴメンだと思えるほどに苦しかった.
ここで強調しておきたいのは,全体を通しては本当に楽しく,充実した1日だったことです.『萩・石見空港マラソン』でも感じたけれど,街全体で応援してくれている感じ.地元の人間にとっては交通規制をはじめとして日常生活に少なからず影響がある中で,多くの人がボランティアとして運営に携わったり,沿道で応援をしてくれる.そうでない人たちだって,日常を送りながら都市機能を支えてくれている.だからランナーはこんな非日常で素晴らしい体験をすることができる.そのことに対して,本当に”感謝”の一言に尽きます.そしてマツロウにとっては地元の大会.自分が居住する市町村で公認フルマラソンを走れる喜び.有り難いことです.
体の調子が落ち着いてからまず思ったことは,『二度とこんな苦しいレースはしたくない』ということでした.それはレースに出ないということではなく,『もっと練習しなければ』という思いでした.とは言うものの,大人は色々と事情を抱えていて,その時の純粋な気持ちだけでは生きていけないもの.決意は決意として,この先のマラソン人生,いろいろあるだろうな~(笑)

マツロウ
後半はとにかく走ることに精一杯で,写真も撮れませんんでした.来年はもう少し楽な走りができるのだろうか?
とにかく,運営スタッフ,ボランティアスタッフ,沿道の皆さんをはじめこの大会に関わっていただいた皆さんに感謝です.楽しい1日になりました.
この記事はここまでです.
お読みいただきありがとうございました.また,次の記事でお目にかかりましょう.
皆様の充実したランニングライフを願って.
|マツロウ
